【イベント】ギターサミットforエレクトリック2019展示予定ブランドご紹介!Vol.⑩~Gretsch編~

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今回のコンセプトは表題の通り「エレクトリックギター・ベース」!
皆様にとっては「憧れ」「お馴染み」ブランドはもちろん!なかなか店頭に並ぶことのないメーカーが勢ぞろい!
Gibson・FENDERをはじめ、もちろん人気の国産ブランドも、国内外のギター達が皆様をお出迎え!
更に各種イベントも開催、ギター好きにはたまらない企画です♪

Gretsch

1883年にニューヨークのブルックリンでスタートしたグレッチは、1900年代前半頃からギターの製造を開始します。
1950年代なかごろにグレッチはその全盛期を迎え、世界一美しいエレキギターと称されるホワイトファルコンや6120がヒット、以降さらにチェット・アトキンスが「カントリー・ジェントルマン」を使用したことによってその名声は不動のものとなった。
アトキンスにならって多くのカントリーやロカビリーのギタリストがグレッチのギターを使用し、グレッチはギター業界においてギブソン、フェンダー、リッケンバッカー等と並ぶ地位を獲得した。

メーカー紹介

グレッチ・カンパニーは、100年以上の長い歴史の中で「That Great Gretsch Sound !」をコンセプトに数々の製品を創り出してきました。その輝かしい歴史の最初の1ページは、ドイツからニューヨーク市ブルックリンへ移民してきた一人の若者から始まります。その彼の名前はフレデリック・グレッチ。1883年、彼が27歳の時に、バンジョー、マンドリン、タンバリンを製作する小さな楽器店をスタートさせました。しかし、不幸にもその12年後、業績もまだ軌道に乗らない楽器店と、十代の息子フレッドを残し、フレデリック・グレッチは亡くなります。

100年以上の歴史ある会社のスタートとしてはあまりに苦悩に満ちたスタートでしたが、努力家で非凡な才能を持った息子フレッドは、その才能を発揮し、1916年、彼は自分の会社をアメリカ一番の楽器会社に育て上げ、ブルックリンのメインストリートに10階建てのビルを持つまでに成長させました。

「ビジネスの成長の鍵は、顧客が何を必要としているかをしっかり把握することである。」とフレッドは信じていました。そして、彼は、ギターブームが到来することを予感し、そこでまず、ジャズ・ミュージシャンを対象にしたアーチド・トップギターと、カントリーウェスタンのミュージシャンに向けたフラット・トップのアコースティックギターを製作しました。その後1935年に、デューク・クレイマーがメンバーに加わります。彼は、グレッチ・ブランドの推進役として、グレッチのイメージとコンセプトを明確にし、今日のグレッチ・ブランドを完成させるのに大きな役目を果たした人物です。

1942年にはフレッド・グレッチ Sr.は引退し、会社はその息子フレッド・グレッチ Jr.とウィリアム・グレッチに受け継がれました。その後、フレッド・グレッチ Jr.は会社を離れ海軍の指揮官として名声を高めました。かわりに社長には、ウィリアム・グレッチが就任することになりました。ウィリアムは、スタッフに勇気を与え、ベストな力を発揮させる能力に長けた素晴らしい経営者であり、また、彼は、ユーモアと人間味に溢れる人物で、グレッチ・カンパニーの発展に大きく貢献しましたが、1948年にウィリアムは、多くの友人に惜しまれながらこの世を去ります。

希望輝く宇宙時代の到来を告げる50年代、会社の経営は再びフレッド・グレッチ Jr.に委ねられました。グレッチ・カンパニーは、幅広いカスタム・カラーの採用、そして、スペースエイジに相応しいデザインや装飾を取り入れることで、時代の流れにマッチした製品を生み出します。そのギターは当時の人気アーティストである、チェット・アトキンスやエディー・コクラン、デュアン・エディなどが愛用したことで、グレッチの人気が高まりました。

60年代に入り、ジョージ・ハリソンがグレッチ・ギターを愛用したことで、グレッチ・ブランドの名声は最高潮に達しました。しかし、60年代後半、フレッド・グレッチ Jr.は、引退を理由に、グレッチ・カンパニーをボールドウィン社に売却してしまいます。

ボールドウィン社は、グレッチのビジネスについてよく理解することができず、サイケデリックな60年代、ハードロックが台頭する70年代とギタービジネスの流行を把握することができず衰退していきました。当時を代表するギタリストである、ジミ・ヘンドリクス、ジェフ・ベック、エリック・クラプトン達は、みなフェンダーのギターを使用するようになっていました。さらに、不幸は重なります。ボールドウィン社は、会社をアーカンソー州の田舎に移してしまい、しかも2度に渡り、火災の被害を被ってしまいました。

ボールドウィン社とグレッチとの提携は、最後まで上手くいくことはありませんでした。セールスは下降線をたどり、生産は途絶えがちとなり、80年代にはとうとう生産を中止せざるを得ない状態にまで陥っていました。フレッド・グレッチ 三世は、ボールドウィンにグレッチ・カンパニーを売却した時からきっといつか会社を買い戻すことを胸に誓っていました。1985年、ついに彼の夢が実現する時がやってきました。そして、90年代を通して次々に発表するリイシュー・モデルとニュー・モデルの製品により、栄光ある世界的なグレッチ・ブランドの再構築に成功するのです。

2002年後半、グレッチ・カンパニーは、フェンダーとのセンセーショナルな提携を発表し、グレッチ・ギターはフェンダーに世界中のディストリビューションを任せることになりました。

歴史を刻む数々のギター、デザイン、携わってきた人々は移り変わりましたが、長年に渡りグレッチ・カンパニーに語り継がれる、一貫したポリシーがそこにあります。それは、刺激的なルックスと感動を与えるサウンドを追求した、今まで見たことのないギターの製作です。世界に唯一の「That Great Gretsch Sound !」それがグレッチ・ギターなのです。

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お問い合わせ先

広島会場

店舗 島村楽器株式会社 広島パルコ店
住所 広島県広島市中区本通10-1 広島パルコ本館9F
電話番号 082-542-2212
店舗HP http://www.shimamura.co.jp/hiroshima/

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